【脳活通信3】海の日に想う...アドベンチャーな沖縄渡嘉敷の海

7月第三月曜日は「海の日」で三連休最後の祝日ですね。

 

【「海の日」とは】

日本は周囲を海に囲まれた島国で、

海の恵みに感謝しましょうということです。

 

ご存知の様に日本は、

火山帯の上にある国でもあり、

地域性もあって

地震や津波、台風の災害 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

を多々被る国でもあります。

 

★ 祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条では、

「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」と記載されています。

 

世界の国々の中で『海の日』を

国民の祝日としている国は唯一日本だけ、

だそうです。

 

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祝日化される前は海の記念日という記念日でした。

海の記念日は、1876年(明治9年)、

明治天皇の東北地方巡幸の際、

それまでの軍艦ではなく灯台巡視の汽船「明治丸」によって航海をし、

7月20日に横浜港に帰着したことにちなみ、

1941年(昭和16年)に逓信大臣・村田省蔵の提唱により制定された。

 

昭和時代

この7月20日「海の記念日」を機にして、

終業式終了後、夏休み突入の日として

心待ちにしていたことを思い出します。

 

 

【北九州市の公害克服の歴史】

2070年代に入ると、

日本の戦後をけん引してきた西日本工業地帯の

西にあたる北九州の海辺は、

数々の製造業の工場が立ち並んだ煙突からは

日本の国土を復興させるため

昼夜を問わず

七色の煙りがモクモク排出。。。

 

工場排出の汚濁水はたれ流しで

洞海湾は死の海と化していました。

 

その頃の北九州市は

環境汚染都市

公害の街100万都市として名を馳せていました。

 

関連記事↓

ばい煙の空、死の海から奇跡の復活

 

公害問題に対して最初に声を上げたのは、

子どもの健康を心配した母親たちの市民運動でした。

 

関連記事↓

 公害克服への取り組み

 

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【市民運動「沖縄アドベンチャースクール」】

 

もう一つの市民運動は、

本当の海を、

本当の青空を、

本当の星空を、

子だも達に見せたくて始まったのが、

「夏休み沖縄アドベンチャースクール」(’77~)でした。

 

「海の日」は

そのプロゼクトの一員として21年間、

子ども達と沖縄渡嘉敷の海で、

無人島で過ごした日々を

思い出す日でもあります。

 

 

プログラムDとして

キャンプカウンセラーとして過ごした

私の日々は、

何時も大自然と伴にありました。

 

暑い陽射しに輝くサンゴ礁で色とりどりの魚と戯れ…

涼やかな満天の星空の元での語らいは宇宙を馳せ…

子どもらと作るカレーライスの匂い…

洗濯物の大小は、萌えぎ色の風になびき…

何時も笑顔といっしょでした。

 

それは、想像を遥かに超えて

今の私に影響を与えてくれた南の島の光景です。

 

               ~私が最初にシュノーケリングで捕ったシャコガイです~

 

そこには、

常に温かくサポートしてくれる

シマンチュウ(島人)がいて、

島の子供と北九州っ子達の笑顔がありました。

 

 

それからは、

私的にも、

ビジネスでも、

度々沖縄を訪れ

沖縄はすっかり私の

第二の故郷となっています。

 


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  ★─☆。o゚。★─☆。o゚。★─☆。o゚。★─☆。o゚。★─☆。o゚。★─☆。o゚。

 

【渡嘉敷島での思い出】

 

ホームシックに掛かった子の手を引いて、

サンゴの砂浜で、おかあさ~んと叫んだ

渡嘉敷の浜辺…。

 

 ~サンゴの砂浜で拾ったシャコガイ~

 

昼間は

“バスタブみたい(ノ´▽`)‘’

子ども達とはしゃぎ廻った

エメラルドグリーンの海…。

 

 

東シナ海に沈む陽が

風景を染めはじめ…

その自然の一員になっていることに

感涙した無人島の浜辺…。

 

nature call mi で

一人で用を足している時、

小魚が足にまとわりつく不思議を

生き生きと語る瞳…。

 

 

イザ!無人島出発へ…の朝、

自分のおにぎりは自分で作る・・・

小さな手の平に

ホクホク飯を移す作業は。

心弾む仕事で…

炊事場は

子どもたちの

ウキウキワクワクの

胸の鼓動がいっぱいで( ^ω^)・・・

 

すねていた子も

何時の間にやら渡せ舟に乗り込み

すまし顔・・・

 

走馬燈のごとく

脳裡をかけめぐります。

 


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【シマンチュウの心意気】

 

島を訪れた最初の夜は、

ヒージャー汁と島唄の歓待を受けました。

 

三線の弾きでは島の教育長で

島唄の手ほどきを受けます。

 

最初に覚えた歌は「芭蕉布」でした。

 

民宿のオジイが

夕食を獲りに行くからと

誘われ…

小舟に揺られて10分ほどの舟旅で…

入れ食いのグルクンを

セッセと網に移すお手伝い。

 

 

“今日はこれくらいで…

食べるだけあればいいんだ

と。。。

大いなる海の恵みを感じ

感謝の時でした。

 

その恵みを大切に守っているウミンチュウの

優しさを感じた時でもあります。

 

またまた

カジキを獲りに誘われ…

慶良間の海を駆け巡り…

新鮮な刺身に舌鼓していると、

三線が奏でだし

島唄が場を盛り上げます。

 

最後はカチャーシーでお開き…。

どれもこれも心和む思い出です。

 

私はこの渡嘉敷で過ごす日々で

英気を養い、

明日への生きる活力としてきました。

 

今があるのは、

島の自然がシマンチュウの方々が

私を育んでくれたと思っています。

 

ありがと~う(=⌒▽⌒=)  

海よ!空よ!風よ!

シマンチュウのみなさん!

沖縄での日々は

アドベンチャー!!!

感謝、感謝、感謝でーす。

 

あの“金時姿の男の子“

どうしているかしら?

2代目民宿頭首になっているかな?!

 

今日は、

ラジオも、テレビも

海…うみ…ウミ…の

音楽と映像が流れています。

 

 

あの大自然に抱かれに…

行きたい…

もう一度…

いやきっと行きます。

 

 

待っててください^▽^

渡嘉敷の海\(^0^)

ケラマの海よ\(^0^🎶

 

では、では、これにてお開きといたします。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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